無料 雲の想い 2012年08月
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陸前高田視察①
2012/08/24(Fri)
Teraです

陸前高田に視察に行ってきました。

行く前は、正直言って観光バスなんかで行っていいものか迷いました。

視察といってもどうしていいか分からず、現地の市場などに電話すると、直接見に来て欲しいと言われ、
陸前高田市の観光物産協会を紹介されました。

視察当日、観光物産協会の副会長さんが、自分達のバスに乗り、当時の状況を説明してくれました。

陸前高田視察①
有名な1本松

実際は腐っていて保存するのにかなりのお金がかかるとのこと、これには賛否両論あるとのことです。

陸前高田視察②A 陸前高田視察②B

写真(左)、最初にいったのが、海から河口を上がった集会場付近、津波は川をかなり上流に上っていくとのこです。

写真(右)、震災前の住宅地だったころの写真。

写真を見るまで、ここにたくさん住宅があったとは気づきませんでした。
この集会所も、自身のときは避難場所に指定されていて避難指示にしたがって逃げてきたのに犠牲になった方が
たくさんいたそうです。

陸前高田視察③

集会場から海のほうを見ると、向こうに橋がかかっているところが1本松のある海岸沿いです。
海からこれだけ距離があるのに川を津波は上ってきて周辺の住宅地を飲み込んでしまほどの破壊力があります。

陸前高田視察④

この中学校は1本松と同じく、海岸近くにある学校ですが、ここの生徒さんは全員無事だったそうでうす。
津波は学校の校舎の屋上以上の高さだったそうです。

避難マニュアルでは校庭に避難することになっていたそうですが、今までにない地震と判断した校長先生の指示
ですぐ近くの山のほう逃げて助かったそうです。

写真を撮った、この場所も津波が来ていてさらに裏山へ逃げたそうです。

案内してくれた、観光物産協会の副会長さんも海沿いの道の駅内にある事務所で会議をしていたそうですが、
たまたま会議が早く終わり、用事があり自宅に少し戻ったときに地震があり偶然助かったそうです。

中学生のときに昭和35年のチリ地震により津波を体験しているそうですが、そのときもかなりの被害があり、
そのとき被害規模で避難マニュアルを作成しているらしく、その支持通り非難した方がたくさん犠牲になったようです。

1回目の津波のあとに、自宅に戻り、2回目の津波の被害にあった方が多いと言われてました。
チリ地震は震源地が遠いため、1回目と2回目の津波の間隔があったよですが、今回は震源地も近いため
2回目の津波が予想よりかなり早かったようです。

今回のような津波はだれも予想できないと、現地に立ってみるとあらためて感じました。

このあと見た市役所付近はさらに予想以上の光景でした。

また近く報告させていただきます。



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